もう30年以上前から、私は、何回か、宅急便の年末の荷物の仕分けのアルバイトに行ったことがあります。
年末ということもあり、お歳暮・帰省・ゴルフクラブ・スキー板・野菜・果物・米・酒・クリスマスプレゼント・おせち料理などなど、それはそれは、恐ろしいほどの荷物の数です。
ベース基地では、全国から集められた荷物を、各地域に分けていきます。
また、逆に各地域から集められた荷物を、全国のベース基地に送ります。
支店では、各地域に集められた荷物を今度は、細かく、地域に分け、丁目・番地に細分化していきます。
そこで振り分けた荷物を指定された、鉄製のラックに入れてまとめます。それがまた、恐ろしいほどの重量になります。特にお酒やお米などが沢山入っていると、簡単には動きません。両手で鉄製のラックをもって、踏ん張って動かすのですが、まっすぐ、押していくだけなら簡単なラックも、まっすぐ押すことはあまりなく、全身で方向を変えながら、所定の位置まで運んでいかなければなりません。
しかも、倉庫は荷物であふれかえっていますので、所定の位置に運ぶのも、他のラックに当たらないようにかわしながら動かさなければなりません。
しかし、上半身の力だけではなかなか動きません。足をしっかり踏ん張って、体幹に力を入れるとやっと方向が変わっていくのです。また、動き過ぎると、今度は止まらなくなって、他のラックに衝突してしまいます。そうならないように、また全身でラックを止めながら、再びコントロールして、運んでいくのです。
その時に私は気付いたのです。
「この重たいラックを動かすときに感じる感覚は、いろいろなスポーツの場面において使えるのではないかと。体幹だけでもなく、上半身だけでもなく、足の裏から、意識して地面をしっかり踏ん張り、その力を体幹でしっかり受け止めて、体幹を固定しながら上半身へとつなげていく。どこかひとつでも欠けていたら、荷物は動きません。しかし、一体となった時、荷物は簡単に動き出すのです。」
その当時から、もうすでに自分自身がウエイトトレーニングをしていたのですが、このような感覚になったのは初めてでした。何とも言えない感覚でした。
それから数年たって、私が、宮崎県の日向市で、近鉄バファローズの秋季キャンプをしていたある日の夕方の事。
メイングランドの横にサブグランドがあり、いつも投手がランニングやコンディショニングに使ったり、野手がノックに使ったりする場所があるのですが、一通り選手の練習が終わり、残りはメイン球場で、バッティング練習が行われているような時間帯でした。
するとそこに、近鉄物流の2tトラックが入ってきました。いつも選手の用具を運んでいるトラックです。すると、1人の選手がそのトラックを押し始めたのです。それを見た私は、最初、何をするのかなと不思議に思っていたのですが、その時、数年前の事を思い出したのでした。
また自分も、そのラックを押して感じた時よりもっと前に、それもまた、宅急便のアルバイトの時、軽自動車を、狭いところで動かす必要があり、しかも、数メートルだけ動かすのに、運転すると危ないから、運転席の側から、車体を押して動かしていた経験を思い出したのでした。
車は、サイドブレーキを外して、ニュートラルにギアを入れると比較的簡単に動くのです。
しかし今回選手が動かそうとしているのは2tトラックです。しかも土の上です。相当な力がいると思います。軽自動車ほど簡単には動きません。
しかしその選手はいろんな形を意識して体を直線的にして押したり、横の方向に押したり、少しひねったりしながら、トラックに力を加えていました。もちろんそんなに簡単にトラックは動きませんでした。足をしっかり踏ん張って、全身で力を加えています。すると少しづつトラックは動いていきました。
練習後に、この選手に聞いてみると、
「誰に教わったわけではなく、自分で考えてやっています。足をしっかり踏ん張って、体幹に力を込めながら上半身を使って全力で力を加えていく。その感覚が、バッティングの時に近い感覚なんです。ですから今回このトレーニングをしようと思っているんです。」
という答えでした。
その後、この選手は、キャンプの日程が終わるまで、毎日、練習の最後にこの自主トレーニングを続けていました。翌年、彼は、近鉄の優勝に大きく貢献し、活躍してくれました。
この感覚は今でも忘れません。私は職業柄、いろいろなトレーニングメニューに巡り合いますが、いまだにこの感覚に出会ったことはありません。
もちろんバッティングと全く同じではないと思うのですが、この力の発揮の感覚、なかなか奥が深いのです。
あなたも、機会があったら、重たい荷物、一度動かしてみてください。
ちょっと、感じるものがあるかもしれませんよ。
練習やトレーニングのヒントは、どこに転がっているかわかりません。
技術的なヒントもです。ですから、子供の時からいろんなことに触れさせてあげてください。
野球に特化したものばかり追いかけないでください。
もちろん大人たちもそうです。いろんなところに、いろんな形で、あなただけの宝物が隠れているかもしれませんよ。
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